【15】子供達のアメリカ生活サバイバル-女の子編②

日本語を話す中国人の女の子とお友達になりました 言葉の全く通じない世界に突然ひとりぼっちで放り込まれた次女と違い、長女の場合は少し恵まれていました。初日の朝、我々が事務所で手続きしていると、同じような年恰好のアジア人の母娘に会いました。日本…

【14】子供達のアメリカ生活サバイバルー女の子編①

私の大学院が始まると同時に子供達の学校も始まりました。 私には、子供の頃に言葉の通じない環境に突然放り込まれたという経験がありません。なので、それがどれだけ彼らのストレスになったのかは想像がつきません。また、成人した今となっては、彼らの当時…

【13】皆んなよくしゃべるなあー大学院の授業、恐怖のディスカッション

子供達がアメリカの学校に慣れた頃の話です。ある日、次男がこんなことを言っていました。 今日学校で算数の時間に掛け算をやった。9かけ3はと先生が聞いたら、皆んなが一斉にI know! I know! I know!って手を挙げた。〇〇がさされておっきな声で20!って答…

【12】論文は全部読まなくていい

アカデミックの作法を何も身につけないまま渡米してしまったので、私は常識だとされている論文の読み方を全く知りませんでした(大学時代勉強しなかった報いがここで…)。 あまりの宿題の量にすっかり打ちのめされましたが、腹をくくって前に進むしかありま…

【11】4人も育てながら大学院はやっぱり無謀だったのかも…

ここに、とある訃報記事のアーカイブがあります。 https://www.legacy.com/obituaries/postgazette/obituary.aspx?n=margaret-mary-kimmel&pid=171350926 キンメル, マーガレット・マリー 1938年インディアナ州生まれ。図書館司書、文学研究者、大学教授、児…

【10】超スピードの英語に怖気付いた

そうこうしているうちに、あっという間に8月末になり、大学院の入学の日を迎えました。 留学生オリエンテーションには、様々な国から本当に様々な年齢の人が集まっています。キャンパス内の芝生の上で一緒にランチを食べながら、ああ私はとうとうアメリカの…

【9】アメリカの生活はすぐに軌道に乗った

2003年8月2日の真夜中、無事に家族5人でピッツバーグの家にたどり着きました。 着いたその日から家財道具が一式揃っていたのは、1から何もかも立ち上げるのとはやっぱり全然違いました。家の中はほぼ日本にいるのと同じ状態、炊飯器もお米もお茶碗も箸もそろ…

【8】ビザも下りないうちに5人分の片道チケットを買った

成田空港にはたくさんの友人が見送りに来てくれました これも留学あるある話ですが、合格通知が出てからビザが下りるまでにはさらに約3か月を要しました。気を揉んだことは言うまでもありません。この間、2ちゃんねるが大変貴重な生の情報源でしたね。当時…

【7】合格するかどうかもわからないうちに住む家を決めた

Squerrel Hillsという地域に住むことになりました 必要な書類を全て整え大学に提出すると、あとは合格通知を待つだけになります。これがないと次のステップ、ビザの申請まで進めません。留学あるある話ですが、この合格通知を受け取るまでに4か月かかりまし…

【6】推薦状、これが本当に気が重い

イラストは実在の人物とは無関係です 今現在、ピッツバーグ大学の図書館情報学修士課程の入学案内ページを見ると、必要書類の欄にこう書いてあります。 http://sci.pitt.edu/academics/masters/mlis/ Identify and seek the recommendations of two individu…

【5】留学先はピッツバーグに決めた

その頃、手当たり次第に色々な人に相談メールを出していましたが、Nさんからのメールは数あるお返事のうちのひとつでした。そこにはこんな内容が書いてありました。 この大学図書館で働いてこちらで学位をとってはどうですか ピッツバーグ大学に東アジア研究…

【4】図書館情報学、どの留学先を選ぶのか

ぴったりの記事をみつけました // さて、留学する方向で情報収集を始めましたが、まさにその年「情報の科学と技術」という図書館の業界の会員誌で、画期的な特集が組まれていることに私は気がつきました。「海外の図書館情報学教育に学ぶ」という特集です。 …

【3】伏線其ノ参:ワーキングマザーの情報交換サイト「ムギ畑」

3つめの伏線。これは、働きながら子育てをする時に私の心のよりどころだったムギ畑というワーキングマザーの情報交換サイト、今でいうSNSのようなコミュニティに、既に子連れで留学中の人たちがいたということです。 ムギ畑は1997年に勝間和代さんが始めた…

【2】伏線其ノ弐:海外日本研究司書の人たち

// その頃、私は日外アソシエーツという会社で日本語の雑誌・論文記事のデータベースを大学図書館(や一部の公共図書館)に売るという仕事をしていました。 お客様には海外で日本研究をやっている大学の図書館も含まれていました。 日本語のデータベースを海…

【1】ある日36歳で未亡人になった

// ある日36歳で私は未亡人になった もう今から17年前のことになりますが、私は36歳にして、突然子供4人を抱えた未亡人になりました。当時夫は42歳。9月の誕生日を迎えた直後に病院のベッドから旅立ってしまいました。 子供たちは当時、上から小学校6年生、4…