【24】授業でよく喋るアメリカ人、必ずしも大したこと言ってないと教えてくれたハンガリーの留学生

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私の留学生活がなんとなく軌道に乗った頃、ハンガリーから来たユーディトと仲良くなりました。そもそもは、彼女の友人がメディカルスクールの学生で、論文にどうしても日本のある文献を引用したい、あなたは日本情報センターのライブラリアンだそうだけど、手伝ってもらえる?と言われたことがきっかけです。図表を見た限りでは自分達が考えている同じアプローチで実験を行なっている研究結果らしいのだが、日本語が読めないのでそれを確かめたいのだ、とのことでした。

ユーディトとはオリエンテーションの頃、たまたま私と隣同士になり、なんとなく会話を交わしていました。私は彼女の姿を一目見て、なーんて美しい人だろうと見とれてしまい、是非ともお近づきになりたいものだと思っていましたから、彼女の依頼は喜んで引き受けました。っていうか、仕事だから当然ですが。

ユーディトは一言でいうとイングリット・バーグマン似の東欧美人(古い!)。物腰ひとつとっても東欧的な品の良さがありました(ちなみにバーグマンはスウェーデン人でしたけどね)。本人にそれを伝えると、私の母も同じこと言ってるわと笑っていたので、私の目は確かだったようです。

彼女の友人を手伝ってあげたことで、そのお礼にランチに誘われました。彼、あなたのサポートがとっても役に立ったって喜んでたわよ、お世辞を言わない人だから、本心からそう言ってるのよ、と感謝されました。私はただ単に論文を読んで、拙い英語で要約してあげただけなのですが、そんな風に感謝されて嬉しかったです。

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ユーディトは留学ビザが切れる最終年を間近に控えていました。母国のハンガリーとオーストリアでドイツ語を専攻し、ドイツ語研究者を頼って渡米、ドイツ語専攻で大学院に入り卒業しましたが、アメリカに滞在し続けるのが主な目的で、今度は図書館情報学の修士課程に入り直したという経緯がありました。

彼女は非常勤でドイツ語とハンガリー語の授業も持っていました。ピッツバーグ大学にずいぶん長くいるので、ファカルティーの先生達にも詳しく、いろんな裏話を彼女から教えてもらったものです。

カフェでランチを取りながら私は彼女に、自分はとにかく授業のディスカッションが苦手だ、アメリカ人の学生が何を言ってるかわからないし、ひとつの単語を逃すともう訳が分からなくなるという話をしました。すると、ユーディト曰く、それはよくわかる、でもね、あの人達、ぺらぺら喋ってても必ずしも的を射たことを言ってるわけじゃないわよ、時々どうでも良いくだらない話をしてるわよ、ただ喋ればいいってもんじゃないわよ。

なるほどそうか。だとするとディスカッションに飛び込んで何か言わなきゃ言わなきゃと焦る必要もないのかもしれない。私はちょっと気が楽になりました。

ぺらぺら喋っていても必ずしも的を射たことを言っているわけではない。このことは数年後、外資系の会社にに就職してからも時々実感しました。世界中から集まる営業ミーティングなどの会議では、よくグループワークが行われます。これがまた、基本的にアメリカの大学院のスタイルにそっくりで、過去のトラウマが蘇り胃が痛くなることも時折ありました。それでも当時から比べるとだいぶマシになった英語でディスカッションに参加していると、途中から明らかにこれって趣旨がずれてない?と思うことがあり、昔ユーディトに言われたことを思い出したものでした。ただねー、ここで軌道修正するほどの力量は自分にはなかったですね。これってどちらかというと外国語よりファシリテーション能力の問題です。最近、ポツポツとパネルディスカッションでファシリテーションを任される機会がありますが、ある程度の時間的制約の中で崖っぷちに立たされる経験が大事だなあと感じます。

いずれにせよ、日本語にしろ英語にしろ、滔々と話をする人。そういう人にもたじろがず、冷静に見られるようになれたのは良かったです。

(つづく)