【26】10年以上経って実感した留学の意義。香港のクラスメイトと企画したセミナーが日本で実現。

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アジア圏のクラスメイトとは、地理的に近いこともあり、卒業後14年経った今も何かと行き来があります。お互い似たような業界で仕事をしているということも繋がっている理由の1つでしょう。その中の1人が香港のヘレン。ピッツバーグを卒業後、香港で大学図書館員になり、現在とあるカレッジの図書館長をしています。昨年ついに念願の博士号も取得しました。

ヘレンとのことで思い出すエピソードがひとつあります。その頃私は、ピッツバーグのバスに何度か乗ってはいたのですが、実はどうやって降りることを運転手に知らせたらいいのか分かりませんでした。車内を見渡しても日本にあるような降車ボタンはなく、代わりに両側の窓に黄色いヒモがだらりとぶら下がっているだけです。降りる時はヒモをを引っ張るんだよ、と何人かに言われたのですが、一度試しに引っ張ってみたらいくらやっても何にも起きず、そのうちに目的地の大学キャンパスに到着してしまいました。以来、どうせこのルートは大学に行く人がほとんどで、誰かは一緒に降りるんだからと、黄色いヒモの謎は放っておきました。

ある時ヘレンと一緒にバスに乗っていた時のこと。目的地が近づき、ヘレンがその黄色いヒモを引っ張ると、いとも簡単にチンと音がしたので、私はびっくりしました。なんと、ひもは垂直に下に引っ張るものなのでした。私は運動会の綱引きのようにせっせと横に水平に引っ張っていたのです。どうりで何も起きないはずでした、、、。

さて、以前に書いたタイのソンパン、ヘレン、私、もう1人台湾の留学生、この4人がなんとなくいつも一緒にいる仲良しグループでした。ご飯も時々食べたり、宿題はいつもこの中の誰かに相談するのが常で、一緒に苦楽を共にする仲間同士という感覚が強かったです。

卒業後は皆んな母国に帰ったり、アメリカで博士課程に進んだりと進路は様々。段々と疎遠になる中、折にふれて近況を知らせてくれて交流が途絶えなかったのがヘレンでした。古典籍のアーカイブに関する本を出した時には私にも一冊送ってくれたり、日本に遊びに来たり、逆に私が香港に行ったり、2年に一度ぐらいは何かしら会う機会があり、そのうち私が会社を辞めて独立すると、今度は仕事の関係でも色んなプロジェクトを一緒に考えることも増えてきました。

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つい最近、香港の図書館員向けに日本において、文化財と図書館資料の保存に関するセミナーを開催しました。ヘレンから1年以上前に日本でそういうワークショップかセミナーをやりたいと相談され、この分野には全く明るくない私は手探りで人づてに色々な人に相談しました。様々な方の協力のおかげで、つい先日(2019/7/19)、佐賀の武雄市立図書館を会場に3人の講師の先生を招いてセミナーを実現することができました。香港からは大学図書館、学校図書館を中心に13名が参加、日本からも近隣の図書館や博物館の方の参加がありました。

予算の関係で2人の講師の先生については私が日→英の通訳をしなければならず、準備がものすごく大変でした。なにしろ日本語でも聞いたことのない専門用語のオンパレードでしたから。。でも、日本の保存修理技術がなぜ有名で、ヘレンが日本でセミナーをやりたいと言ったのか、準備の過程でそれを理解することができました。

卒業して14年、留学した意味が今になってようやくわかって来たように感じています。クラスメイト達はそれぞれの場所で経験や人脈が増え、ポジション的にも意思決定ができる立場になり、かなり自由に仕事がデザインできるようになってきました。そうして初めて、あああの時全財産をつぎ込んで子連れで留学したのは正解だったなあと思えた感じです。

私は時折、大学の特別授業で留学についての話をすることがありますが、学生時代にほんの何ヶ月か一年かそこら海外に行ったとしても、その時に得られるものはそんなに多くはないと思っています。言葉だってたいして上手くならないし、英語を身に付けたいだけなら、日本でいくらでもやりようがあります。ただ、それが意味がないこととは思いません。要は、留学で得たほんの小さな種を、日本に帰ってきてどう植え育てるかにかかっているのではないかな、と思います。その成果は私に限っていえば10年以上経って実感できているわけで、結構気の長い話だったりするわけですよね。

(つづく)