【42】一番熱心に取り組んだ授業はストーリーテリングだったと思う

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公共図書館の児童サービス

先日ある場所で、司書を目指す人の多くが「児童サービスをやりたい」「読み聞かせをやりたい」「おはなし会をやりたい」と言うが、それらはある種の「逃げ」だと思う、という意見を聞きました。私もそう思わなくもありません。児童資料(いわゆる子供向けの本)というのは膨大で、世界中で次から次へと出版されていますから、それらを専門家として網羅すること自体は大変なことです。が、もっと複雑な研究支援や生活支援、ビジネス支援に関わる情報提供と比べると、とっつきやすく誰でも参入できる間口が広いフィールドではないかと思います(極めることとは別ですよ)。地方の小さな公共図書館で、職員の殆どが自分たちの仕事を「いかにたくさんのお話を暗記して子供の前で披露できるか」ということだと信じている、なんていう話を聞くと、やはり母の世代の図書館運動の負の遺産があることを感じます。

アメリカでの本場のストーリーテリング

それでも、アメリカに留学した当初から、私はストーリーテリングの授業を心待ちにしていました。それほど真面目にやっていたわけではないですが、私自身も学生時代から有志の勉強会に参加し、それなりにおはなし会で昔話などを語っていたからです。

ところで、ストーリーテリングという言葉は、世間一般にはもっと広い意味で用いられています。コトバンクの用語の定義では「伝えたい思いやコンセプトを、それを想起させる印象的な体験談やエピソードなどの“物語”を引用することによって、聞き手に強く印象付ける手法のこと」とあり、「企業のリーダーが理念の浸透を図ったり、組織改革の求心力を高めたりする目的で活用するケースが増えて」いるという記述も見られます。つまり子供に語るおはなしに特化した用語ではないということですね。

私が選択したライブラリースクールにおけるストーリーテリングの授業は、基本的には図書館の児童サービスとして位置づけられた授業で、昔話や創作話を子供に語り聞かせるための技法を学ぶためのものでした。担当はマギー・キンメルという私が概論の最初のレポートでCマイナスをもらった老教授。概論の授業は厳しかったのですが、声のトーンといい、リズムといい、素晴らしい語り口で、これでおはなしを語ったらどんなに素敵だろうと思っていました。

ところが授業が始まる直前、キンメル教授は癌の治療のため入院。教授じきじきに推薦された代理の講師になるということをメールで告げられました。あの老教授の語り口が聞きたかったのに。私はいささかがっかりしたのを覚えています。

カーネギー公共図書館の司書の先生

代わりに担当することになった先生はレベッカ・オコンネルといい、カーネギー公共図書館の児童担当の司書で同時に作家でもありました。オコンネルさんの著作は日本では翻訳されていませんが、乳児からヤングアダルトまで幅広い作品を発表されています。

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自分の文化に根差した話を選ぶ?

授業ではストーリーテリングの成り立ちと背景を学んだほか、2回に一回は自分で覚えたおはなしをクラスの前で披露するという課題がありました。日本語の話ならなんとかなりますが、これを英語で覚えるとなると、プレゼンどころの騒ぎではありません。しかも先生が「ストーリーテリングにおいては、自分が生まれ育った文化を背景にした話を選んで語るべき」と言われたことに、私はびっくりしました。日本でやってるストーリーテリングなんて、グリムとかロシアの昔話とか、多くが外国ものの翻訳じゃないですか。

しかし先生の意図はこうでした。アフリカンアメリカンに由来をもつ話や、ネイティブアメリカンのむかし話は、その文化や歴史的背景をきちんと理解していない人でないと本質を語れない。だからその文化に由来しない人が、浅い理解のまま語るのは、文化を大事にしている彼らに失礼な態度であるし、他にいくらでも語るべきお話はあるのだからそちらを選ぶべきである。

これだけ聞くと納得なのですが、それでは日本人はヨーロッパの文化を完全に理解しないままグリムは語っちゃいけないのか。やや疑問が残りました(これについて私は後に先生に質問したのですが、正確な答えを忘れてしまいました。が、グリムや外国の話を語っていけないことでは決してないという答えだったと記憶しています)。

日本の昔話の英訳を探す

とにかく、最初の課題は自分の生まれ育った文化に由来する話を覚え、クラスで披露すること。もちろん英語で。ここで私は困ってしまいました。私はこれまで「良質なテキストを」「一字一句たがわず丸暗記する」という、いわゆる東京こども図書館の王道の方法でしかお話を語ったことがありませんでした。その方法がこちらでは全くメインストリームでないということを知り、二度びっくり。自分の言葉で表現したいようにしなさいと言われたのです(逆に著作者のいる創作物の絵本の読み聞かせでは、本を見ながら読み上げるのではなく、一字一句たがわず覚えなくてはいけないと言われました)。

でも、いきなり英語で自分なりの表現をしろと言われても無理。やっぱり最初は丸暗記しかないでしょ。ところが今度は、何が良質な英語なのか私の実力ではわかりません。英語で書かれた日本の昔話は話がダイジェストにまとめられていたり、逆に学術的過ぎて難しい単語が羅列してあったり、なかなか適当なものが見つかりませんでした。図書館でさんざん探したあげく、私はある絵本を使うことで妥協することに決めました。フローレンス坂出さんの編集による「Japanese children's favorite stories」に収められた「The magic tea kettle (ぶんぶく茶釜)」でした。

(つづく)

 

 

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