【56】アメリカのハロウィーン、もっとちゃんと楽しめばよかったと思う

 大学院のレポート課題の締め切り地獄

 

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今や日本でも風物詩となり、スーパーでもハロウィーン関係グッズが売られるようになりましたが、2000年代初めのころ、ハロウィーンはまだまだ我々外国人にとっては物珍しいお祭りでした。

一方、この時期、私はいくつも宿題の締め切りを抱え、常に頭の中でお尻から逆算して、いつまでに何をやる、それが終わったら、これに着手するというシュミレーションを繰り返しており、10分でもすき間時間があれば文献を読むか、レポートを書くという生活を送っていました。

そんなわけで、日本人のママ友から、みんなでカボチャ狩り遠足に行きましょう、というお誘いを受けた時も、私はお断りせざるを得ませんでした。基本的に人の誘いを断るのは苦手ですから、角が立たないように説明するのは気持ち的に骨が折れますが、私の中で「行く」という選択肢が全くありませんでした。

落胆したのは次男です。どうしてもみんなと行きたいと言い張り、結局、次男だけは小さい子のお守り役も兼ねて特別に連れて行っていただくことに。自分は行かずに子供だけお願いするのは気が引けましたが、「せっかくの機会なのに行ってあげないなんて、そこまで忙しいものなの?」という無言の圧力にも屈せず、心を鬼にしてお願いしました。

今思うと、半日遊んだところで、それほどの違いはなかったのに、それほど気持ちに余裕がなかったんですね。

ジャコランタンを作る

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さて、次男が取ってきたカボチャで、後日、マダムと子供たちがジャコランタンを作りました。「ジャコランタン」という言葉を聞いた時、私は何?そのぐーチョコランタンみたいな名前?と思いましたが(ぐーチョコランタンも知らない人は知らないですが)、「ジャック・オー・ランタン」のことなんですね。日本語では「提灯ジャック」とも言ったそうです。これ、元々のアイルランドやスコットランドではルタバガというカブ科の植物だったそうですが、移民したアイルランド人が、アメリカで生産されていたかぼちゃを使ったのが始まりなんだそう(Wikipediaより)。

この時期、スーパーでは色々な型紙が売っており、その型紙に合わせてナイフでかぼちゃをくり抜きます。私は一度も現場を見ていないので、工程はよくわからないのですが、とにかく図書館の仕事を終えて家に帰ってくると、立派なジャコランタンがテーブルの上に鎮座していました。

町に繰り出してトリックオアトリート

 

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 ハロウィーンの当日は、近所の日本人ご家族と一緒にトリックオアトリートに出かけました。5年生の次男は、なんでそんな恥ずかしいかっこうしなきゃいけないのと仮装を拒否。長男は例によって興味も示さずお留守番。長女はハリーポッター、次女は白雪姫に。3人ともお菓子をもらうためのバケツをしっかり持って出かけました。

我々の住んでいる通りから、2本ぐらい先の大通りに商店街があり、色んなお店でお菓子をもらえます。ピザ屋さんではピザを、アイスクリーム屋さんではアイスがタダでもらえました。また、通りに行く途中、ジャコランタンを飾っている家には、訪ねて行ってチャイムを押し、ドアが開いたら「Trick or Treat!」と言うとその家の人からお菓子をもらえます。

我が家でもお菓子の準備をしていました。留守番をする長男に、もし誰か来たらよろしくねとお願いして出かけましたが、我が家は全体の導線から外れた通りに面していたためか、やってきたのは2組だけだったよ、とのことでした。

帰ったあとは、お菓子に夢中な子供たちをしり目に、私はすぐに続きの宿題を始めました。やれやれやっと終わった。これで自分のことに集中できる・・・。

ハロウィーンに限らず、色々なことが同時並行で進む時、今目の前にあることに100%集中して、遊ぶ時は遊ぶ、勉強する時は勉強する、という切り替えをするのが、私はとても苦手でした。これは良くないですねー。今はだいぶマシになった気がします。遊んでいる時間に仕事の心配をしたところで、何かが変わるわけでもない。遊ぶ時には腹をくくって一生懸命遊ばないとその時間の意味がありませんね。切り替えってほんとに大事!ハロウィーンを思い出すと、この後悔の念も合わせてセットで蘇ってきます。

(つづく)