【57】子連れ留学の決意を報告した時の母と義両親の対応に学んだこと

祖母になってみて実感

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私は今現在53歳で、今年の1月には長男に初孫が生まれ、正真正銘のおばあちゃんになりました。立場が変わってみて思うことは、30代の半ばの頃、私はそれはそれは自分中心で、周囲の人の気持ちを想像する努力に欠けていたなあということです。

その最たるものが、自分一人で子連れ留学を決意し、計画し、何もかも準備が整った段階で、ようやく自分の親と、義理の両親に報告をしたことではないでしょうか。

母と義両親へは事後報告

「アメリカに行くことにしたから。子供4人連れて」と、私の母に報告をした時、母は別段驚きも反対もしませんでした。小さい頃からの私の習性に多少の免疫がついていたため、私ならそのぐらいのことは言い出しかねないと思ったようです。父はその数年前に癌で他界していましたが、やはり同じ反応を示しただろうなと、私は思いました。

しかし、義理の両親はさすがに実の親と同じノリで淡々と報告するわけにはいきません。最愛の息子を病気で亡くし、1年も経たないうちに、今度はその嫁が、かわいい孫を全員連れてアメリカに行く、というのです。しかも、その先の計画はなにもないままに。反対しない方がおかしいですよね。さすがの私も面と向かって話を切り出すことはできず、手紙をしたためました。何を書いたかは記憶にありませんが、その時の自分の思いのたけを、できる限り誠実にしたためたと思います。ポストに手紙を投函したあと、どんなことを言われるのかなあ、それに対してどう答えようか、色んな考えが頭の中をめぐり、ちょっぴり不安な何日間かを過ごしました。

義両親は反対しなかった

しかし、数日後電話が鳴り、「手紙を読みましたよ」と言った義母の声は、落ち着き払っていました。あまりにも自分たちの常識を超えた話なので、具体的な心配事が思い浮かばなかったというのもあるかもしれません。多少の漠然とした心配はしているようでしたが、Yokoさんがそこまで考えたことなら応援するので、頑張っていってらっしゃいと言われました。色々な思いは相当押し殺していただろうなあと想像します。

渡米後も義母は折に触れて船便で子供達に色々なものを送ってくれていました。書道の先生をしている義母のきれいな字の手紙と日本食に、いつもホッとさせられました。

日本語補習校の保護者会で実母が語ったこと 

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私の母は、2度ピッツバーグに来てくれましたが、最初の来訪の際、私が所用で出られない日本語補習校の保護者会に、代わりに出てもらったことがあります。その際に、保護者が順番に子供達の話をする機会があったようで、後日、クラスメイトのお母さんからその話を聞かされました。

それは、私が母から一度も直接耳にしたことのない話でした。私が夫を亡くし4人の子供を抱えた寡婦になった時、母は私が子供を連れて家に戻ってくるだろうと思っていたそうで、周囲の人に就職の相談をしていたのだとか。一人でアメリカに渡ると聞いた時には、驚くと同時にとても心配したが、いまこうしてきちんと生活できているのを目の当たりにし、安心した、そんな話をしたようです。アメリカに行くことを告げた際には一言も余計なことを言わなかったので、まさか就職の心配までしていたとはと驚きました。

成人した子供達へのスタンス

実母にしても義両親にしても、何も言わずに送り出してくれた、そういう覚悟のある人達でしたが、これは普通の人にはなかなかできることじゃない、ありがたいことです。だんだん彼らの年齢に近づきつつある今、私自身はこれを見習っていこうと思います。成人した子供達、どういう道に進もうと干渉することなく、困ったときにはできる範囲で手を差し伸べる、そういうスタンスを保ちつつ、これからも自分自身のやりたいことを追求していけたらなあと思います。

(つづく)