【65】卒業後の進路に"迷想"する日々が続いた

 卒業後、私はアメリカで就職したいのか?

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卒業後はアメリカで就職したい。その思いがものすごく強いかというと、今にして思えばそこまで強くはありませんでした。アメリカに残れば、子供達は確実にアメリカ人と化し、日本語もおぼつかなくなり、移民として生きる選択をせざるを得ない。財力もない私がそこまで責任をもつ自信は正直ない。また、自分でも驚きましたが、子供達が日本人としてのアイデンティティを失うのは嫌だという明確な意識もありました。

かといって、前にも書いたように、せっかく苦労して手に入れた合法的に住む権利、これをフルフルに使わずに帰国するのもしゃくだったのです。せめてOPT(Optional Practical Training)の期間だけでも居続けたいとは思っていました。OPTというのは、学生ビザ(F-1)で就学している学生が専攻した分野と関連のある職種で、最長1年間、学んだことを活かしてアメリカの会社などで働くことです。

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表玄関から馬鹿正直にアプローチしても無理

こんな風に中途半端で曖昧な未来予想図しか描けていない私でしたが、すき間時間を見つけては、色々な可能性を模索すべく情報収集を行っていました。ある時は、OCLCという、図書館界では知らない人はいない世界最大規模の非営利団体の求人ページにアクセスし、エントリーを試みました。フォームに必要事項を入力するステップで、「あなたは労働ビザのサポートを必要としますか」といったような項目があり、これはふるいにかけるための設問なのかなと思いつつ、「必要とする」にチェックを入れました。果たして、その後、OCLCからはノーリアクション。やっぱり表玄関から馬鹿正直にアプローチしても無理なことを学習したのでした。

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カリフォルニアの書店の現地採用枠?

また、ある時は、以前から仕事でお世話になっていた、日本で一二を争う有名書店の駐在員で、アメリカ支配人の方から、現地採用枠にはなるけれどもカリフォルニアで働く道もありますよ、というメールをいただきました。勿論これは私をアメリカの大学マーケットの営業職で雇おうというその方個人の思い付きにすぎなかったのですが、私自身もこれはいいかも!と思いました。そして、ここに就職することになったら、ビザの切り替えで日本にしばらく帰れなくなると判断し、2004年の年末には100万近くかけて子供達4人と日本に一時帰国をしたりしました(いやー、もったいなかったなあ)。

 

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しかしその後、あの件はどうなりましたでしょうかというメールを出すと、本社から若手が派遣されることになり、残念ながら広瀬さんに来てもらうというアイデアは立ち消えたという返事が。今振り返ると、4人子供を抱えて待遇の必ずしもよくない現地採用の枠、しかも物価の高い場所、いかなくて本当に良かったと思います。が、当時は落ち込んだのは事実です。

手っ取り早いのは相手を見つけること

その頃。私を日本情報センターに採用してくださった上司のNさんは他大学に移られていましたが、その少し前に進路について相談をしたことがありました。Nさんは私の目をじっとみて、「手っ取り早いのはね」と言った後、しばらく沈黙し、それから「相手を見つけることよ」とおっしゃいました。

相手を見つけて結婚し、配偶者ビザを確保する。確かにこれが一番の近道ではあります。しかし、相手というのは見つけたいと思っているうちは見つからないものです。ほんと、これ、不思議なんですが、自分の経験からそう思います。心を「無」にしなければ運命の相手は見つからない。下心が少しでもあると、神様は見方してくれないということなのでしょうね。

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カタロガーからキャリアをスタートする道を模索

さて、日本人である私がライブラリースクールを出てからの一番の王道、これは以前に書いた通り日本研究司書になるということなのですが、いきなりサブジェクトライブラリアンになるというのはまれで、多くの人はカタロガーからキャリアをスタートさせていました。カタロガーというのは、図書館の本の目録を取る人です。インターネットが発達し、AIで膨大なデータを扱える今でも、図書館の利用者が調べたい本を見つけるには、その本の書名や著者や内容を表す言葉、分類といったデータが、一定のルールできれいに整備されてある必要があります。それを行うのがカタロガーです。もちろん紙の目録カードに手書きやタイピングをしていた時代とは違いますから需要も昔に比べたらはるかに少ないわけですが、それでも全くゼロにはなりえません。

しかし、このカタロガーの仕事、緻密な作業が苦手な私には最も不向きな仕事といえました。それなのに、アメリカに残るルートで一番現実的なのは、この仕事に就くことだという一点のみで、翌年のセメスターから、カタロガーのトレーニングを受けさせてもらうこととなったのです。

(つづく)

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気が付いたら1か月近く更新をさぼっていました!

これを書いていて思いますが、仕事ってほんとに運と出会いですね。準備して待つ、この姿勢が一番大事だと思います。