【6】推薦状、これが本当に気が重い

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イラストは実在の人物とは無関係です

今現在、ピッツバーグ大学の図書館情報学修士課程の入学案内ページを見ると、必要書類の欄にこう書いてあります。

http://sci.pitt.edu/academics/masters/mlis/

Identify and seek the recommendations of two individuals (e.g., professors, employers, information professionals) who are in a position to evaluate your academic performance or your potential as an information professional. One reference should be able to address your academic abilities, while the remaining references may discuss your professional experience and accomplishments.

現行では、2人の人の推薦状を提出することとなっています。ひとつはあなたの学力を示すもの、もうひとつは仕事におけるパフォーマンスを示すもの、ということのようです。

私の時代には、3通の推薦状が必要でした。これが本当に気が重い作業でした。自分ひとりで完結することであれば、どんなに煩雑な作業も淡々と進めればよいのでそれほどストレスがかかりません。しかし、他人の時間を使う。この私のために推薦文を書いていただくという負担を強いる。一体だれに?一通は、もちろんピッツバーグのNさんが引き受けてくださいました。もう一通は、やはり仕事で大変お世話になっていた当時のイェール大学の図書館員の方にお願いしました。

しかし、もう一通、私の大学時代のアカデミックなパフォーマンスを高く評価する推薦状、これをお願いしなければなりません。いったい誰に? 当然ゼミの恩師ということになるでしょう。あー、やだよ、頼めないよ、推薦できることなんか1ミリもないじゃないか。。

このあたりの経緯については、昨年出版した拙著「ライブラリアンのためのスタイリング超入門:キャリアアップのための自己変革術」(樹村房)という本でも触れされていただいたので、詳細はそちらもお読みいただきたいのですが、とにかく、私はまったく勉強しない典型的な大学生だったということです。ですから、ゼミの先生に推薦状をお願いするというのは本当に気のひけることでした。厚顔無恥とは私のためにある言葉です。

当時、私がバイブルのように何度も何度も読み返していた本に「私のアメリカ大学院子連れ留学」(宮下由美子著, 彩流社)という本があります。まるで自分が書いたのか?と思うようなタイトルですが。ここにも推薦状の話がのっていました。90年代の初めに2人の子供を連れて留学した筆者の場合、連絡手段は電話だったようです。

古い手帳を取り出し、卒論の担当だった教授に電話をかけてみた。卒業以来、十年近く音信不通だった一学生からの推薦状依頼の電話など、さぞかし迷惑だったことだろう。

「あなたのことはあまりよく覚えていないので(当然です!)、書いて欲しい内容をまとめて自分で英文の推薦状の下書きを作成していらっしゃい」(p28)

私の場合は音信不通という不義理まではいかないものの、できるだけ業界内で目につかないように身をひそめていたというのが正直なところ。いずれにしても、ほぼこの著者と同じ心境でした。

推薦文の材料としてありったけの記憶のかけらをかき集めました。私が取り組んだ(いや、「取り組んだ」という表現もまったく適切ではないのですが)「発展途上国における図書館技術移転の問題」という、なんだかタイトルだけ聞くと、ものすごく志の高そうな、しかし実情はとってもしょぼい卒論内容をちりばめ、どうにかこうにか推薦文を形にしていただきました。

ところで、いま、私には成人した子供が4人おり、それぞれ頑張っていますが、「なんであの子はこうなんだ」「もっと自分の能力を生かす道があるはずなのに」などと思うことも時折あります。しかし、よくよく考えると、自分は彼らよりはるかにひどかった。人生は長い。健康寿命が85、90歳までにのびるとなると、20代の頃の黒歴史など、その後のやり方次第でどうにでも払拭できるものなんですよね。

(つづく)

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