【番外編】再利用しすぎた使い捨てマスクを新品そっくりに蘇らせる方法について

何年かぶりにミシンを買いました 安倍首相が全世帯に2枚ずつマスクを配ってくれるそうですね。 アベノマスク政策を露ほども期待していなかった私は、この2日前、思い切ってAmazonでミシンを購入しました。昔持っていたミシンは、子供が小さい頃に使って以降…

【75】バキュームカーの臭いのする家を見学に来たPhDの日本人留学生、15年たってメディアで目にするたび、いたたまれない気持ちが蘇る

家中の窓を開け放ち風を入れる 午後に家の見学に来る人がいることをすっかり忘れ、思い立ったら吉日とばかりにゴミ処理をしてしまった私。結果、家中がバキュームカーの臭いで充満してしまいました。来客の時間は刻一刻とせまっています。とりあえず窓という…

【74】裏庭のコンテナにひと冬放置したゴミがとんでもない事態を引き起こした

ゴミ収集日の日まで保管するだけのつもりだったが 日本に帰国することが決まり、徐々に家の中の片づけを始めていた我が家でしたが、私にはひとつ気がかりなことがありました。 それは、裏庭にあるゴミのコンテナです。 我々が住んでいたピッツバーグのシェイ…

【73】話はひと月ほど遡る。無事に卒業でき修士号をもらえたが感慨はなかった

そういえば無事に卒業できていた 卒業式の1週間前に東京から一本の電話があり、そこから怒涛の電話面接月間をくぐり抜け、ついに就職が内定。実はこの間、無事に卒業できて修士号がもらえたのですが、就職活動のインパクトが自分にとってあまりにも強すぎ、…

【72】東京での就職が無事に決まった

無事に採用となり帰国が決まる 数回にわたる電話面接がようやく終わり、2005年5月の末、私はアメリカに本社がある情報サービスベンダーの東京勤務の営業職で採用されることが無事に決まりました。子供達に日本に帰る旨を伝えると、上の3人は予想外の喜びよう…

【71】再就職までの道のり。自宅の部屋での電話面接で「質問は?」と聞かれ、ろくでもないことを答えた私

その後も電話面接は続き・・・ 部屋の外に「絶対入るな」という張り紙をし、2回目以降の電話面接にのぞんだ私。自宅の部屋でスーツを着て直立不動で電話を受ける。一体私はなにやってるんだと間抜けな姿を滑稽に思いながらも、これを逃したら母子共に路頭に…

【70】再就職までの道のり。自宅の2階の部屋でスーツを着ながら直立して電話面接を受ける自分

電話面接のみで採否が決まる 最近では、ビデオカンファレンス等で採用面接をすることも珍しくなくなりましたが、2005年当時はまだスカイプも一般的でなく、遠隔地同士で面接を行う場合はもっぱら電話でした。ただ、アメリカのような広い国でも、電話面接のみ…

【69】③ 思いがけない日本からの一本の電話で、アメリカでの就職活動は予想外の展開に(その3)

卒業式の1週間前の電話 3年前に私の個人的な事情でいわば破談にしてしまった転職話、当時のGMから何故いま、ピッツバーグの自宅に電話がかかってきたのか。折しも1週間後には卒業式を控えており、まるで見計らったかのようなタイミングには本当にびっくりし…

【68】② 思いがけない日本からの一本の電話で、アメリカでの就職活動は予想外の展開に(その2)

アメリカでの子連れ留学生活から遡ること3年前、当時の私は35歳。話のつづきです。 書類が英語なことにすら、驚いていた自分 さて、「この会社で働きたい!」という一点のみで、大学の先輩に連絡をとり、面接の機会を得た私でしたが、その後のメールに添付さ…

【67】① 思いがけない日本からの一本の電話で、アメリカでの就職活動は予想外の展開に

東京からの一本の電話 ある日曜日の夕方、2階の私の部屋に長男がやってきて、おそらく日本からでは?と言いながら電話の子機を私に差し出しました。 「覚えてますか?東京の○○です」。 声を聞いてすぐにわかりました。覚えているも何も!忘れもしません。遡…

【66】カタロガーには絶対に向いてないと改めて認識

職業訓練の一環で図書館でトレーニングを受けさせてもらった 東アジア図書館の私のスーパーバイザーの計らいにより、2005年の初め、最後のセメスター、私は週に2回ほどカタロギングのトレーニングを受けさせてもらうことになりました。 教えてくれたのは、当…

【65】卒業後の進路に"迷想"する日々が続いた

卒業後、私はアメリカで就職したいのか? 卒業後はアメリカで就職したい。その思いがものすごく強いかというと、今にして思えばそこまで強くはありませんでした。アメリカに残れば、子供達は確実にアメリカ人と化し、日本語もおぼつかなくなり、移民として生…

【64】留学生を招待したThanksgivingのパーティー、奉仕ってなんだろうと考えた

留学生向けの催し、Thanksgivingディナー 11月の第4木曜日のThanksgivingデー、この前後は日本の年末年始のように職場やお店が休みになり、街全体がスローダウンします。アメリカ人の多くは親戚の家に出かけたり実家に帰省したり。一方、留学生は特に予定は…

【番外編】今年は第九を歌うことにした。合唱とゴルフって似ていると思う件

アマチュア合唱とアマチュアゴルフ 私は2010年の秋、中学の部活以来30年ぶりに混声合唱を始めました。ゴルフをその2年後ぐらいに始めました。 アマチュア合唱とアマチュアゴルフって全く関係ないようで、似ているなあと思います。どちらもどんなに頑張っても…

【63】現役のライブラリアンによるライブラリー・インストラクションの授業、一体何の意味があるのか当時はわからなかった

現役の大学図書館員による授業 日本研究のサーティフィケイトプログラムをあきらめ、素直にライブラリースクールの授業に専念すると決めた私。アメリカの図書館情報学の修士課程は、アカデミックというよりは実践的なプログラムで構成されていたことは何度か…

【番外編】次の日曜日に旅行業取扱資格者総合の国家試験がある

いつも当ブログをお読みいただき、ありがとうございます。 昨年、旅行業取扱資格書の国内の試験に合格し、先日旅行業の登録をしたばかりの私ですが、実は、海外旅行も取り扱うための試験が、今週の日曜日にあるのです。 今年の試験は、約款と海外実務の2科目…

【62】留学で一番重要なのは健康、特にメンタル面での健康。退く時は腹を決めて退く。

楽しんで受講した「日本社会」の授業 卒業後はアメリカの大学図書館の日本研究司書のポジションで就職をねらうことを見越して、「ないよりあった方がマシかもしれない」と思い登録した日本研究のサーティフィケイトプログラム。最初に取った授業は「日本社会…

【61】この先アメリカに残るとしたら、私は何になったらいいのか。考えても選択肢はひとつしかなかった

卒業後の進路に悩む日々 子どもたちを連れてアメリカ留学を実現するのは、私にとってはかなりのエネルギーがいることだったので、実は、留学生活が実現した時点で、ある意味ゴールを達成してしまったような感覚がありました。しかし、このまま卒業して無職で…

【番外編】研究大学ではマストな2つの文献データベースWeb of ScienceとScopusをディスカバリーツールの観点で比較してみた

今回は、図書館とデータベースに関するマニアックな話。 私は現在、東京農大の大学院で非常勤講師を勤めていて、後期のみ季節労働者のように大学に出没します。 担当授業は、大学院生がアカデミックスキルを習得するための情報検索です。これって図書館の仕…

【60】アメリカの家の近所で運転免許証を落としたら、翌日誰かが家に届けてくれた

日本ではかなりの割合で落とし物が戻る 日本では駅や電車の中に物を置き忘れても、落とし物ってかなりの確率で手元に戻ってきますよね。私はこれまで幾度となく助けられました。電車の網棚にゴルフバッグをおいたまま家に帰り、1週間も思い出さなかったこと…

【番外編】ピッツバーグ大学図書館時代の同僚の案内でディープな大阪を堪能した話

ピッツバーグ大学図書館時代の同僚、Hさん ピッツバーグ留学中、私はライブラリースクールで勉強するかたわら、大学の東アジア図書館内の日本情報センターという小さな図書室でレファレンスライブラリアンの仕事をしていたことは、度々このブログで書いてい…

【59】日本についての誤った知識を教えたアメリカの小学校の先生

学校の授業で取り上げた日本の昔話 ある日、学校から帰った長女が、今日こんなことがあったんだよと話をしてくれました。 なんでも、3年生の彼女のクラスで、日本の昔話を取り上げたのだそうです。ちょうどその頃、音楽の授業でも「さくらさくら」を習ったと…

【番外編】とりあえずの目標、ブログ100記事達成のゴールがなんとなく見えてきました

いつも当ブログにお越しいただきありがとうございます。 中途半端な報告ですが、今日で64記事を達成しました。「子連れ留学」という狭いテーマで、ハウツー的な内容でもないので、当初は20記事ぐらいで放置するのでは・・・と思っていましたが、現在の私の視…

【58】留学中の旅行先で買ったマグカップは今も健在。世の中には洋書の本棚柄にそそられる人種が一定数存在する

2004年に米国議会図書館で買ったマグカップ 今年、丸善雄松堂さん主催の米国図書館研修ツアーで15年ぶりにワシントンDCを訪問しました。初めてDCを訪れたのは、留学して2年目を迎えた2004年。子供たちを連れて車で行った2泊3日の小旅行でしたが、今年再訪し…

【57】子連れ留学の決意を報告した時の母と義両親の対応に学んだこと

祖母になってみて実感 私は今現在53歳で、今年の1月には長男に初孫が生まれ、正真正銘のおばあちゃんになりました。立場が変わってみて思うことは、30代の半ばの頃、私はそれはそれは自分中心で、周囲の人の気持ちを想像する努力に欠けていたなあということ…

【56】アメリカのハロウィーン、もっとちゃんと楽しめばよかったと思う

大学院のレポート課題の締め切り地獄 今や日本でも風物詩となり、スーパーでもハロウィーン関係グッズが売られるようになりましたが、2000年代初めのころ、ハロウィーンはまだまだ我々外国人にとっては物珍しいお祭りでした。 一方、この時期、私はいくつも…

【55】アメリカ滞在中、半年に1回はニューヨークに行った

遺族年金を受給するため、半年に一度は領事館に出向き在留証明をとらなければならなかった。

【54】日本語補習校とアメリカ現地校のお弁当、手間暇が全くちがった

日本語補習校のお弁当は本当に面倒 日本語補習校がある日曜日の朝は、いつもよりずっと早く起きます。お弁当作りのためです。このお弁当作り、日本にいた時の倍の時間がかかり、本当に面倒でした。 日本のスーパーだとお弁当用の冷凍食品は山ほどありますが…

【53】子連れの留学で一番ありがたかったことは誰もケガや病気をしなかったこと

日本では毎日が病院通いだった 私と子供達がアメリカに渡る前の年の話ですが、その頃は当時入院していた夫を見舞うため、病院と家と保育園と会社を行ったり来たりする毎日でした。朝、下の娘たちを保育園に送り届けると、その足で会社に行き仕事をし、昼休み…

【52】架空の町の架空の大学に架空の図書館を計画するというグループワークから物事を俯瞰してみることの重要性を学んだ

グループワークにもだいぶ慣れてきた ライブラリースクールでグループワークを何回かこなすうち、最初の頃は会話の中に殆ど入れなかった私も、徐々にコツをつかめてきました。相変わらずディスカッションはちんぷんかんぷんなことの方が多いのですが、それで…