アメリカの生活

【39】「平均的」とは一体何なのかを考えさせられたアメリカの誕生会

次男も誕生会へお呼ばれ 次男は当時小学5年生で、もうこの頃になるとお誕生会もやったりやらなかったり、家庭によって様々でした。が、ある時ピッツバーグ郊外のボーリング場を会場にクラスメイトの誕生会が開かれ、そこにお呼ばれしたことがありました。慣…

【37】子供の誕生会、アメリカは日本よりも派手にやっていた①

アメリカの誕生会への招待状 私達家族の生活もだいぶ慣れた頃、ある日、上の娘が友達からもらったという一枚のカードを持って帰ってきました。見ると、友達のお母さんが手作りした誕生会の招待状です。 「アメリカ」 誕生会」で検索すると、子供の誕生会は日…

【31】日本人コミュニティのお付き合い。”ママ友”のダンナ様を私は「先生」と呼ぶべきなのか問題

在米日本人のカテゴリー ピッツバーグには大きく分けて三種類の日本人が住んでいました。ひとつは私がお世話になったNさんやマダムのような永住組、ひとつは単身留学組、そして夫の仕事や留学で付帯家族として滞在している人々です。私達家族はどのカテゴリ…

【28】日本語補習校に行く途中、あわや玉突き事故になりかけた

ピッツバーグの冬、道路は凍結 梅雨も明けたようです。毎日暑い日が続きますね。暑中お見舞いと共に、今回は涼しくなるお話を。 ピッツバーグはちょうど秋田ぐらいの緯度に位置しており、真冬は零下10度ぐらいまでに下がることもあります。前述のヘレンはこ…

【27】バスがらみのエピソード、黄色いヒモだけではない。ドライバーに「降りろ」と言われてびびる私

ピッツバーグの公共交通機関はバス 公共交通機関のバスにはなかなか慣れませんでした。大学と自宅は車で15分ほど、バスを使うと40分ぐらいの距離です。大学図書館の前には、いまでは公園になっている広大な有料駐車場がありました。料金は1日駐車して約12ド…

【25】日本語補習校の宿題はハンパなかった

日本語補習校に入学した子供たち アメリカに着いた当初から我々家族がお世話になっていた、この地域の日本人コミュニティのぬしのようなマダム、彼女のご主人の本業は研究職でしたが、日本語補習校でも長年教員をされていました。そんな関係もあり、マダムか…

【20】留学中、長男には殆ど手をかける余裕がなかった

英語の能力をみる面接 I don't knowも知らなかった I don't Knowも知らなかった長男 長男は、中学1年生の1学期を終えた段階でアメリカにやってきました。前にも書いたように親の言うことに黙って従うギリギリの年齢だったと思います。 ミドルスクールに編入…

【19】週20時間の図書館の仕事、悔やむことも多い

私の典型的な1日 ピッツバーグ大学日本情報センター 大学院の授業と子供の学校がちょっと軌道にのってきた頃、図書館での仕事が始まりました。ピッツバーグ大学の東アジア図書館にあった日本情報センターは、その名の通り日本に関する情報を提供するセンター…

【18】次男は年齢的に一番可哀相だったかも

13歳以下の子供はいつでも保護者付き 次男は、アメリカに来たとき11歳でした。しばらくは、「なんか、引っ越ししてきたって気がしないんだよなー。旅行でホテルに泊まってるみたいな気がする」とつぶやいていました。 彼の場合は、放課後に自分勝手に外に遊…

【9】アメリカの母子留学生活はすぐに軌道に乗った

スムーズな留学生活のスタート 2003年8月2日の真夜中、無事に家族5人でピッツバーグの家にたどり着きました。 着いたその日から家財道具が一式揃っていたのは、1から何もかも立ち上げるのとはやっぱり全然違いました。家の中はほぼ日本にいるのと同じ状態、…