【13】皆んなよくしゃべるなあー大学院の授業、恐怖のディスカッション

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子供達がアメリカの学校に慣れた頃の話です。ある日、次男がこんなことを言っていました。

今日学校で算数の時間に掛け算をやった。9かけ3はと先生が聞いたら、皆んなが一斉にI know! I know! I know!って手を挙げた。〇〇がさされておっきな声で20!って答えたら先生がノーって言ったよ。

そんな他愛もない一幕ですが、ああ、アメリカの小学校は間違っていても平気で手を挙げて答えられる雰囲気が担保されてるんだな。その環境でずっと育って大人になったら、、、そりゃあ、皆んなが授業であんだけ喋るのは当たり前だわ、と思ったことでした。

大学院の授業は座学でじっと聞いているということがありません。先生がしばらく喋ると必ずクラス全体のディスカッションになります。このディスカッションが、まあわかんないことわかんないこと。

同じ言語を話していて、どうしてこうも先生の言うこととクラスメイトが言うことが違って聞こえるのか。。  日本語だとなんでしょう。やっぱー、思うんすけどー、件名ってもういらなくないっすかー、あんなの終わってるってー、みたいな口調でめちゃくちゃ早口で話す感じ?(単なる思いつきの例で、他意はないです)。

また、先生のジョークにクラスがどっと笑う瞬間も、わかってないの私だけ?と焦ります。この数年後に外資系の会社に入ることになりますが、この頃にはもう、海外のミーティングなどで誰かが話すジョークに皆んながどっと笑い、自分と日本チームの何人かが取り残されるという風景にはすっかり慣れていました。

東大名誉教授のロバート・ゲラー先生が「ゲラーさんニッポンに物申す」の中で、外国語をマスターするにはその国の映画や政治、サブカルチャーなど、文化を知らないと上達しないと述べていますが、ジョークなんかまさにそうですね。

しかし、アメリカ人の笑いのツボはかなり違うようです。しばらくしたのち、私自身のプレゼンに仕込んだジョークが大受けしたという実験結果により、その確証がもてました。

さて、黙って聞いているだけだと、クラスへの貢献がないということで減点されてしまいます。芸人さんではないですが、3時間という授業の中で何かしら爪痕を残し、先生に記憶してもらわなければいけません。なんとか手を挙げて発言できるようになるのは、卒業間近の最後のセメスターになってからでした。よく言われるように、話の流れが変わらない最初の方で何か発言してしまうというやり方を身につけたのでした。

それまでは、とにかくディスカッションは意味不明の連続。しかし、クラス全体なら、自分の責任が薄まるのでまだましです。

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問題はグループでの討議でした。これは1人が口火を切り、皆んなが 次々に話を始めると、一瞬あれっと聞き逃した単語が命取りになり、もう文脈についていけません。そうなると、うんうんうなずいて表向きはわかっているフリしながら、心の中では早く終わってくれー、この針のムシロから早く解放してくれーと、ひたすらお祈りするしかありません。分からないから助けてほしい、今のなんて言ったの、どういう話なの? と自らお願いしなければ、アメリカ人の学生は助けてくれません。あのマシンガントークの隙をねらってそれを言う勇気はありませんでした。

授業が終わると、ああ、私はあんなに高い学費を払って一体なにしに来てるんだろう、何を得ているんだろうと脱力感に襲われます。しかし、授業が終われば、頭を切り替えて、家に帰って子供たちの世話をしないといけません。

子供達もまた、それぞれにわけも分からず放り込まれた環境で頑張っていました。

(つづく)

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