【14】子供達のアメリカ生活サバイバルー女の子編①

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私の大学院が始まると同時に子供達の学校も始まりました。

私には、子供の頃に言葉の通じない環境に突然放り込まれたという経験がありません。なので、それがどれだけ彼らのストレスになったのかは想像がつきません。また、成人した今となっては、彼らの当時の記憶も曖昧です。

さて、一番下の娘については、誰よりもスムーズに新しい環境に慣れ、英語も苦労せずに話せるようになったという印象が強いのですが、それでも幼稚園の初日には予想以上の拒否反応を示しました。

娘は、すぐ上の2人も通うエレメンタリースクールのキンダークラスに入りました。日本では保育園の年長組にいたわけですから、他人にあずけられるという状況には慣れているはずです。年長さんだし、聞き分けは良い方だし、なんとかなるだろうと思っていました。が、これが思いもよらない泣き叫びっぷり。

当時の私はといえば「桐島洋子かぶれ」です。桐島洋子はこんなことでは動揺しないハズ。むしろ小さな子供にも試練は積極的に与えるべし。世の中思い通りになることの方が少ないのだよ。それを学びなさい。つらい思いをさせて可哀想?とんでもない。後ろ髪を引かれることもなく、担任の先生にさっさとお任せして教室を後にしました。

今同じことが起こったら、もう少し罪悪感を持つのではないかとも思うのですが、若かったですねー。

その日は、マダムではなく私が自らお迎えに行きました。

「今朝彼女は40分間泣き続けていましたよ」。

ミス・ケリーという名のベテランの風格漂う担任の先生は、表情も変えずに冷静な口調でそう言いました。

その後、朝のお別れで泣き叫ぶという儀式はしばらく続きましたが、それを救ってくれたのがジョアンというお友達でした。

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実は、ジョアンには仲良しの日本人のお友達がいましたが、ちょうど我々と入れ違いで帰国したばかりだったのでした。それで、お母さんに置いて行かれて泣いているアジア人の女の子に興味を持ったようです。

今日、幼稚園でアーユージャパニーズ?って聞かれた。帰り道、娘がぽつりと言いました。そうなんだ、それは、あなた日本人?って聞いてたんだよ、友達できたんだ、よかったねー。

それからしばらくは、今日は幼稚園どうだった?何したの?と聞くと、ジョアンが遊んでくれた、と報告することが多かったです。私も少しホッとしました。

子供がまっさらな状態から外国語を覚えていく過程では、どういう脳の働きがなされているのでしょうか。大人と違って、耳で聞こえた音そのものと目に見えているものの繋がりを、パズルのピースを埋めるように少しずつ理解していく感じだな、と私は思いました。また、自分の元々持っている日本語の語彙と結びつかず、何を言われたかわからない時は、家に帰ってから私に聞くこともありました。例えば、ミス・ケリーにぷっちゅはんずだーんって言われたけど、なんて言ってたの?とかです。このくらいであれば、英語に苦労している私でも、ああそれは,Put your hands down 、手はおひざっていうことだよ、と教えてあげることはできました。

まもなくするとESL(English as a Second Languageの略)クラスも始まりました。やや厳しい雰囲気のミス・ケリーと違い、外国人に慣れた英語の先生のもとで1日の何時間かは過ごすことになり、ほどなく楽しんで通ってくれるようになりました。

一方、上の娘はまた違った形で新しい生活に適応しようとしてしました。子供心にも「芸は身を助く」という言葉の意味を身を以て味わうことになります。

(つづく)

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